プロビデンス号虻田来航解説板 除幕式

開催日 2007年11月25日(日)
時間 10時30分〜11時
場所

道の駅あぷた<HP>

参加料 無料
お問い合わせ 洞爺湖町役場
 社会教育課文化財係
TEL:0142−74−3010

プロビデンス号について

 1796年(寛政8年)9月15日(旧暦8月14日)、イギリスの探検家プロートンが虻田(現・洞爺湖町)沖に来航しました。その時の船の名前が「プロビデンス号」です。
ペリーの黒船来航より57年も前のことでした。

 洞爺湖町の沿岸一帯は「噴火湾」と呼ばれていますが、この名付け親がプロビデンス号で来航したブロートンです。

 プロビデンス号来航に衝撃を受けた江戸幕府は、近藤重蔵、伊能忠敬などによる蝦夷地(北海道)の測量や調査をはじめ、それまで松前藩に任せていた警備などを江戸幕府直轄で行うべく、函館に蝦夷地奉行を配置するなどの政策を講じました。

 そして八王子千人同心を蝦夷地(北海道)に移住させての警備や開拓、南部藩、津軽藩などによる勅番所(陣屋)の設置と藩士の常駐なども行いました。

 その後は蝦夷地(北海道)周辺を含む日本近海に外国船が頻繁に接近、来航し、1953年にペリーが来航し、鎖国に終止符が打たれました。

 プロビデンス号の虻田(現・洞爺湖町)来航は、日本開国への大きなステップの一つであったと考えられます。

この内容は、虻田郷土研究会会報から抜粋させていただきました。